世界一ベタベタする台所のこと
シェアハウスの台所がとにかく油まみれだった。
油まみれといっても、油をぶちまけたような感じとかではない。ただ、その台所にあるものほぼすべてが無限にベタベタするだけだ。
戸棚の引き戸を触っただけで、手によくわからないベトベトがつく、テーブルもベトベトしている。部屋の角に無限放置されている不燃ゴミもベトベトしている。ようするに、台所にあるものすべてに謎のベトベトした汚れがついていた。
もちろん床もベトベトする。そのまま歩くと、足の裏がはりつくようなイヤな感じがする。
よくわからないから拭いたりしていたが、拭いても拭いてもそのベトベト汚れは復活してきた。なぜこんなに台所じゅうがベトベトするのだろう。
あるとき、その謎がとけた。
ある日、台所に入ると、部屋中が白い煙でもうもうとおおわれていたのである。
火事か、と思うほどであったが、何も燃えてはおらず、ただ古くなった天ぷら油の臭がするばかりであった。
煙の正体は、住人が炒め物で使用した油が気化したものだった。
その油の煙が部屋中にたちこめることで、部屋中に油が付着し、ベトベトしていたのであった。汚れが復活するのは、たんに炒め物によって油の煙が無限供給されるからだ。
おかしいだろ
なんなんだこいつら
そう思った。
油の煙が台所にこもっている原因は五秒でわかった。換気扇がダメになっていたのである。
正確に言うと、換気扇のフィルタがだめになっていた。油の煙によってフィルタの布地が完全に目詰まりしてしまい、それに黒カビがびっしり生えていた。
フィルタを外してみると、まるでハチミツが詰まった蜂の巣のようだった。置いておいたら下の方にハチミツ状の油が垂れてきた。
上の写真でフィルターが置かれているのは窓のふちの部分である。
ギトギトした質感なのがおわかりだろうか。
油の膜ができてニスを塗ったような状態になっているのである。
けっきょくフィルタは捨てて、いまは外しっぱなしの状態だ。
新しいフィルタを買ってきてつけることもできるが、換気扇のフィルタなんていう上等で文化的なものは、台東ウェイストランド人には使いこなせないから不要である。
どうせ虫がたまに入ってくるぐらいだと思うし。
とにかく、こうして台所全体がどんどんギトギトになってくる問題は解決した。
よかったよかった。
そんなわけで、換気扇の壊れた部屋で、住人が執拗に炒め物を作りつづけて油の煙を発生させ続けていたのが部屋がベトベトになる原因なのだった。
追記:
かつての同居人(いまは別のシェアハウスで幸せに暮らしている)いわく、一部の住人は炒め物以外全く作らないらしい。とにかく油で炒める以外の調理法はいっさい採用せず、マシーンのように炒め物を作り続けているとのこと。
個人的な意見を言えば、油の白煙がバンバン発生するのはどう考えても高温になりすぎで、炒め物としてもちょっとおかしい調理法だと思うのだが……。
追記2:
こういうことを書くと「家事ができるorできない」の話になりがちであるが、問題はそこにはない。
家事ができない人だって、料理のたびに台所が油でもうもうとしていて、部屋中がベトベトしてきたら、何かがおかしいと思う。
そこで「おかしい」と思わない(思えない)のは「家事ができない」の範囲を超えた何かだと思う。
追記3:
部屋中についた油の膜は、まるでラッカーのような塗膜を形成していて、洗剤を濃くした水でゴシゴシ拭いてもなかなか落ちない。
たぶん、油絵とかと同じ原理で、油の成分が長時間のあいだに化学反応して強固な膜を形成しているのだと思う。